部活に疲弊した講師時代 

匿名

30代 中学校教諭 運動部副顧問

 

 

「未経験部活顧問」「授業時数22コマ(3学年)」「学年会計」。今だったら全力で拒否するが、当時は右も左もわからぬ講師1年目。言われるがままに引き受けたのが泥沼の1年の始まりだった。

 

はじめての授業のため、全て1から作らないといけない教材研究が毎日3学年分ある。「勉強のため」と言われ、道徳や特活に顔を出す。そのため、ほぼ空き時間がない毎日。

 

夜11時すぎに帰ってきて、気を失うように寝て、朝4時半に起きる。そして教員採用試験の勉強を1時間してから、7時からの朝練のため6時すぎには家を出る。激しい眠気のために、途中の道端で車を停めて、五分仮眠を取ってからまた車を走らせていた。

 

こんな生活の中で、自分を1番ズタボロにしたのは部活の存在である。

 

もともと廃部の予定だった部であったが、職員会議の提案ではなぜか未経験者で非正規である講師2人の名前が並んでいた。

 

はじめての部活動保護者説明会のときの保護者の発言が忘れられない。

 

「先生がたは未経験者ですよね?技術面のサポートをどうされるおつもりですか?」

 

前任の顧問は、そのスポーツが大好きすぎて、道具やトレーニングマシーンまで自費で購入して生徒に使わせるほどの「熱心な」教員だった。

 

「なぜ自分はこのスポーツをやってこなかったんだろう?どうしたらいいんだろう?」と絶望的な気持ちになった。

 

毎日の激務に加えて部活の重責も重なった。

 

教本を買って、必死になってルールを覚えようとした。

 

しかし、生徒は未経験顧問をバカにして、真面目に練習をしなくなっていった。試合から外すと怒って道具を破壊することもあった。

 

管理職からは、「技術が教えられなくても、精神面で指導しないといけない」と何度も説教された。とはいうものの、技術がない教員が何を言っても生徒には響かない現実…。

 

あまりにも真面目に練習しないので、停部を言い渡すと、生徒からは「部費払ってんだよ!もらってんだろ?サボってるんじゃねえよ」と暴言を吐かれるしまつであった。

 

結局、技術面でのサポートができないので、土日に練習試合を入れまくることにした。結果的に部は少しずつ強くなったが、土日に自分が休むことができなくなり、疲労が蓄積していった。

 

結局、翌年に経験者が主顧問になったことで責任という意味での負担は大きく減ったが、朝練に出たり、試合の引率をしたりすることは変わらずにしている。自分の時間がないことには変わりがない。

 

教員になる前は、映画が好きで毎週のように映画館に行っていた。しかし、教員になってからは全く行くことがなくなった。結局5年間で2回しか行けなかった。

 

本も読むことがなくなった。美術館も行かなくなった。

「忙しい」という言葉は「心を亡くす」と書くが、まさにその状態である。とにかく余裕がある生活をしたい。教員にも余暇を楽しむ生活を与えて欲しい。

 



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