146回目のジェンガ 今後どうする?

小阪成洋@Daisuke_regards

(愛知県 30代 元小中学校教員)2017


 

~中教審 学校における働き方改革特別部会 第3回を傍聴して~

 

 文部省および学校教育誕生から146年以上が経過した。100年以上前から連綿と続いてきた学校教育では、これまで様々な改革が為されてきた。卑近な喩えにはなるが、140年以上昔にジェンガを開始して、毎年1本ずつ上に積み上げてきたような印象がある。より良い教育という高みを目指して、上へ上へと積み上げてきた。その成果として、多種多様な「〇〇教育」が誕生してきた。しかし、1本を上に積み上げた分だけ、下支えする1本が失われる。そのようにして「〇〇教育」が充実してきた。当然、順調に上へ伸びていた時期もあったことだろう。しかしながら、限られたジェンガで上へ上へと伸びてきたばかりに、現在は崩れかかっている状況にあるのではないか。中教審の審議にて、各委員の発言を伺っていても、ある種のジレンマが感じられた。崩れそうになっている状況をどうにか改善したいという意見がある一方で、140年以上ジェンガを続けてきた慣習上、なかなかルールを変えて改善するのは難しいという意見もあった。同様のジレンマを、学校現場も教育委員会も抱えているものと思われる。

 

 そうした中「学校における働き方改革特別部会」が設けられ、審議が行われているという事実が1つ大きなインパクトである。この部会での審議では「それでもどうにか改善をしなくては」という意向が色濃く出ていて、おそらく学校内よりも改善を訴える意見が強い。この部会が設置された目的からすれば当然といえば当然かもしれない。しかしながら、聞くところによれば、この審議会(第3回)は他一般の審議会よりも取り回しが大変優れていたという。限られた時間ながらも、生産的に委員が意見を述べられるような配慮がされていた。逆に、他の審議会では委員が1人ずつ順番に意見を述べて終了、という場合も多いとのこと。一方で、この審議会では11の論点に絞って、各委員からの発言があった。11の論点を150分間で16人が議論する。これ自体が難しい。少なくとも、300分は必要だったのではないか。しかし、300分の審議の実現もおそらく難しい。原因の1つは、そうした慣習がおそらく存在していないこと。もう1つはコストの問題で、16人の専門家をさらに150分間拘束して審議するとなれば、そこには人件費が必要となるはず。そのようなコスト的な面からも厳しいのではなかろうか。

 

 十分なコストがない。そうした中で、何ができるのか。審議会のあり方だけではなく、学校教育のあり方全体について、この課題は当てはまる。今後もジェンガは続く。「〇〇教育」でいえば、英語教育やプログラミング教育等、新しく2つ上に積みあがった。下から2つジェンガが抜けた。より崩れやすくなった。教員の負担はますます増え、自転車操業の中で展開される教育は子どもに対して質を保障しきれない。持ち帰り残業も含めれば、少なく見積もっても小学校教員の4割、中学校教員の7割は過労死ラインを越えると推定される。不健康な状態で教壇に立つ教員は、教育の質を保障しにくい状態にある。これは教育の受益者たる子ども・保護者にとっての不利益につながっている。

 

 財務省から財源を得られれば、抜けたジェンガを補填するという対処ができるようになる。しかしながら、十分な財源は保障されないかもしれない。そこで、別案も審議されている。英語やプログラミング等、ジェンガを2つ積み上げ、崩れやすくなってしまった。その分だけ、既に積み上げてあった他のジェンガを下へ戻し、崩れにくくするという対処の有効性について議論されている。さらには、2つと言わず、数十個のジェンガを下へ戻すという対処があってもよいかもしれない。では、どのジェンガを下げるのか。そのための改革をしていく必要に迫られている。学校の役割は、どこまででも広がっている。学校や教育の役割を明確化する必要に迫られている。そのためには、学校が何を担わないか、を明確にする必要がある。

 

 また、本来的には福祉の領域が担うケースであっても、学校という場の身近さから、学校にはヘルプを出しやすい保護者も多いと聞く。確かに、今は保護者の仕事終了後の時間帯であっても学校に電話はつながる。児童相談所へヘルプを求めるのは敷居が高くても、学校であれば相談がしやすいとも聞く。そうであれば、福祉職を含め、様々な役割を担う多種多様な人材を学校に拡充していくことは有効となりえる。学校という場が、各家庭を様々な福祉につなげるハブの役割を担うようになってもよいのかもしれない。業務効率化のためには、スクールSE等の専門家を導入し、教員を何でも屋にしないようにする必要もあろう。

 

 また、おそらく非現実的なのだろうけれど、一度ジェンガを崩して、もう一度くみ直すという方法もありえる。学校の役割を根本から全く自由にデザインし直して、新居を建てるようなもの。しかしながら、これは様々な障壁があって実現困難だろう。1つはコスト、もう1つはこれまでの慣習。その他にも様々。

 

 願わくば、学校の役割を問い直し、教職員の割ける労力にも鑑みて、教育の質を受益者(子ども・保護者)に保障しつつ、教員が過労死ラインを越えない学校環境を整備してもらいたい。そのためにも、数十個のジェンガを下へ戻していただきたい。

 

 第三回の審議を経て『学校における働き方改革に係る緊急提言』が提出された。審議が継続中にも関わらず、『緊急提言』が提出されるというのは珍しいことと聞く。最終まとめにおいて、さらに実りある審議結果に至ることを願っている。ただし、中教審は文科大臣から諮問された事柄について意見を述べる立場にあるのであって、最終的な裁量は文部科学省にある。中教審が正鵠を射た審議結果を出したとしても、それを文科省がはねのけてしまえば、すべては水泡に帰す。先刻、文科省の初等中等教育企画課、鞠子氏の講演を拝聴した。その際「文科省としては、高みを目指しつつ、地盤固めもしていきたい(大意)」と伺った。文科省としては、そうせざるを得ない。なぜなら、それが文科省の役割だからだ。鞠子氏としても、両方ともやらなくてはならないという責務を背負い、苦しい心中にいらっしゃるのではないだろうか。鞠子氏以外にも、そのような文科省職員の方々がいらっしゃることと想像される。

 

 そこで、最後に文科省職員の皆様に強く申し上げたい。

 

 「高みを目指す方向にかける力は1割として、地盤固めに9割の力を割いていただけないでしょうか。省職員として、学校教育のことを真剣に考えてくださるならば、過労死ライン越えの教員が異常な割合で存在する現状の改善こそが最優先事項ではないでしょうか。この異常事態の改善こそが、教育の受益者にとっての利益にもなり、国を背負う次世代の育成にとっても利益にもなり、文科省としての本懐にもなるのではないでしょうか。」

 


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