部活動は誰のために(生徒篇)

 新(職業としての教員)

(20代 中学校教員 公立中学校)2017


 

『今日は部活動は無しで、すぐに帰宅するように』「やった!」と小さな歓声が上がる。天候悪化、会議など諸事情により部活動が中止になったときの場面です。確かに私自身も中学校のときに同じ気持ちになった。そして、中学校に勤務するようになり日々疑問に思っている。部活動とは誰のためにあり、何のためにあるのか、と。

 

部活動の過熱ぶりは、教育上良くないだろう。プロスポーツではない。中学生は部活動以外にも多様な経験をする必要がある。たとえば、睡眠時間や家族と過ごす時間、映画や本、部活動とは違う友人と遊ぶことなど、成長真っ只中の中学生には必須であろう。過熱、肥大化した部活動は、これらの時間を奪い、生徒を疲弊させている。

 

  私が面白かった映画の話をしたときに、生徒が『先生、映画を観に行く時間なんて無いよ』と言われて部活動の在り方に疑問を持ち始めた。他にも『中学生になってから家族旅行に行けなくなった。友達と遊ばなくなった』『疲れた。休みたい。土日のどちらか片方は休みたい』など生徒に本当はどう思っているのかを聞いたところ、上記のような感想だった。新聞社で中学生にアンケートなどとってみると、実態と中学生の本音に迫れるだろう。

 

生徒が疲れきっている様子は健全ではない。成長期に過度な運動をすれば、関節や筋肉が痛む。ケガをしてでも頑張るなど、非理論的である。また、長時間練習により長く活動するのは良いことである、という価値観の刷り込みが行われる。学校、部活動と家を往復するだけの生活は、いま話題の長時間労働による過労の社会を映す鏡のようだ。

 

いま、スポーツ庁は部活動のガイドライン作成に向け、動き始めている。愛知県や大阪府などは、都道府県で改革を始めた。さらに、岐阜県多治見市、神奈川県海老名市など市町村単位でも改革が始まる、あるいは始まろうとしている。実は20年前に部活動のガイドラインが出ているが、法的拘束力が無いため現場では無視されている。月曜日の職員室は『朝4時集合で他県まで遠征に行った』という話が聞こえる。ガイドラインは、文字通りガイドラインであり従う必要は無いのである。現に今年1月、部活動の通知について報道されたが、結局現場には下りてこない。法的拘束力のある命令を強く求める。

 

 

 

部活動は誰のために(教員労働篇)

 

部活動は教育課程外の活動である。つまり理論的には教員の仕事ではない。これを聞いてピンと来る人は少ない。具体的には、国語は年間○○時間の授業時数、数学は、英語は、総合の時間は○○時間と決められているのが教育課程である。その年間計画で学校は動いている。

部活動は教育課程外である。理論的には教員の仕事ではない。教員免許を取得する際にも、部活動のことは一切触れられていない。教育実習にも部活動指導という名目は無い。採用試験の募集要項にも全く部活動顧問についての記載は無い。部活動は、教育課程外だからである。

 

前置きが長くなった。部活動は教員の仕事ではないにもかかわらず、教員の仕事の大部分を占めていることが問題なのである。さらに、タテマエでは教員が自発的に、やりたくて部活動をしている、ことが悪質である。実質は、校長から○○部の顧問をお願いすると、強制的に顧問が配置される(拒否する動きがあるが極めて難しい)。部活動の顧問になると、勤務時間を完全に無視した状態になる。勤務時間は17:00までだが、教育課程外の部活動の最終下校が18:30の場合、安全管理上、顧問は学校に居なければならない。

 

さらに、土日祝日の練習試合、練習、審判講習会などは特殊勤務で1日拘束され3000円が支給される。最低賃金を下回る。審判服、審判講習会の費用、交通費は自腹でやればやるほど赤字になる。代休も無い。

 

平日より早起きして未経験種目の練習試合に行くのは非人道的である。そして、生徒は本音では休みたい、と私に打ち明けてくる。私も休みたい(別にハワイにバカンスに行きたいのではなく、普通に身体を休めたいという意味)。一体、部活動は誰のためにあるのか。多くがタテマエにより部活動は今日も動いている。教員の『強制的な』ボランティア活動で成立している。繰り返しになるが、、一体、部活動は誰のためにあるのか。